オンチェーン金融

銀行間の大口決済が24時間動き出す 「オンチェーン・ホールセール決済」は1日1.1兆円規模に

オンチェーン・ホールセール決済とは、銀行・機関投資家・大企業の間の大口資金移動を、ブロックチェーン上の共有台帳への記帳によって完了させる決済の仕組みです。中継銀行を経由しないため、着金までの所要時間は数分となり、24時間365日稼働します。

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キリフダ株式会社

この記事の要点

  • 共有台帳への記帳が決済の完了を意味するため、コルレス送金の中継手数料と照合事務という費用項目が仕組み上発生しない
  • JPモルガンのKinexysは日次約1.1兆円を処理し、累計取扱高は約640兆円を突破した(2026年6月時点)
  • 規模は日銀ネットの約200分の1だが、一民間銀行の帳簿の上で1日1.1兆円が24時間動いている点が異例
  • 採用を主導しているのは投機資金ではなく、三菱商事・JERAなど事業会社の財務部門
  • 一民間銀行への集中と、各行が個別基盤を作った場合の分断(相互運用性)が主なリスク要因

オンチェーン・ホールセール決済とは:銀行間の大口資金移動を共有台帳への記帳で完了させる仕組み

銀行や大企業の間の大口資金移動が、営業時間の制約なく数分で完了する——。「オンチェーン・ホールセール決済」の商用利用が拡大しています。米JPモルガンのブロックチェーン決済基盤Kinexys(キネシス)は、1日あたり約1.1兆円(70億米ドル)超を処理し、累計取扱高は約640兆円(4兆米ドル)を突破しました(2026年6月時点)[1]。2026年6月には日本円を含む5通貨を追加し、三菱商事やJERAといった日本企業の採用も始まっています[1][3]。銀行間決済という金融の最深部で何が起きているのかを解説します。

オンチェーン・ホールセール決済とは、銀行・機関投資家・大企業の間の大口資金移動を、ブロックチェーン上の共有台帳への記帳によって完了させる決済の仕組みです。個人向けの小口決済(リテール)と区別して、金融機関・法人間の大口決済をホールセール決済と呼びます。

既存の国際的な大口送金は、コルレス送金と呼ばれる中継方式で行われます。送金元銀行から受取銀行まで、提携関係にある中継銀行が数珠つなぎに各自の帳簿を順に更新していく方式で、経由するたびに手数料・照合事務・営業時間待ちが発生し、着金までに1〜5営業日を要します。

オンチェーン決済は、参加者全員が同じ台帳を共有することで中継そのものをなくします。1つの台帳への記帳が決済の完了を意味するため、送金側の残高減少と受取側の残高増加が同時に確定し、所要時間は数分、稼働は24時間365日になります(図1)。

コルレス送金とオンチェーン決済の仕組みの違いを示す図。中継銀行を数珠つなぎに経由する方式に対し、共有台帳への記帳で決済が完了する
図1 コルレス送金とオンチェーン決済の仕組みの違い

オンチェーン決済はコルレス送金と比べて、着金時間(1〜5営業日→数分)・稼働時間(営業時間内→24時間365日)・帳簿の持ち方(各行個別→参加者共有)の3点で異なります。

1日1.1兆円は日銀ネットの200分の1、それでも「一銀行」の規模として異例

オンチェーン・ホールセール決済の規模を、日本の銀行間決済インフラと比較します(表1、表2)。比較対象は、日本銀行が運営し国内の銀行間資金決済の中核を担う「日銀ネット」です。

表1 主要サービスの経済指標(Kinexys、2026年時点)
日次取扱高数値約1.1兆円(70億米ドル)超(2026年6月時点)出所[1]
累計取扱高数値約640兆円(4兆米ドル)超(2026年6月時点)出所[1]
対応通貨数値8通貨(2026年6月に円・豪ドル・香港ドル・人民元・シンガポールドルを追加)出所[1]
主な利用企業数値三菱商事、JERA、Payoneer、シーメンス等出所[1][3]
日次取扱高の目標数値約1.6兆円(100億米ドル)出所[3]
表2 日銀ネットとの比較
日次決済金額日銀ネット(当座預金決済)約235兆円(2023年)[4]Kinexys約1.1兆円(2026年6月)[1]
規模比日銀ネット(当座預金決済)約200Kinexys1
運営主体日銀ネット(当座預金決済)中央銀行(日本銀行)Kinexys民間銀行(JPモルガン)
稼働時間日銀ネット(当座預金決済)コアタイム8:30〜(平日)Kinexys24時間365日
通貨日銀ネット(当座預金決済)円のみKinexys8通貨
参加者日銀ネット(当座預金決済)日銀に口座を持つ金融機関KinexysJPモルガンの審査を経た機関・企業
大口決済の日次決済金額の比較。日銀ネット約235兆円に対しKinexysは約1.1兆円で、一銀行のオンチェーン決済が1日1兆円を超えている
図2 大口決済の日次決済金額の比較(円換算)

規模の差は率直に言って約200倍あります。ただし比較の前提が異なる点に注意が必要です。日銀ネットは日本の全金融機関が使う中央銀行のインフラであり、Kinexysは一民間銀行のサービスです。一銀行の帳簿の上で1日1.1兆円(70億米ドル、2026年6月時点)の資金が24時間動いているという事実は、中央銀行インフラの補完ではなく、既存インフラが空白にしていた「営業時間外・国境またぎ・多通貨」の領域を埋める新しい決済層の出現と捉えるのが正確です[5]

コスト構造:中継の階層が消え、照合事務が発生しない

オンチェーン・ホールセール決済のコスト構造は、コルレス送金と仲介の階層数が根本的に異なります。コルレス送金では、経由する中継銀行ごとに手数料が差し引かれ、各行の帳簿を突き合わせる照合事務と、営業時間待ちの資金滞留コストが発生します。オンチェーン決済は共有台帳への記帳が決済の完了であるため、中継手数料と照合事務という費用項目が仕組み上発生しません(図1)。カタール・ナショナル・バンクはKinexysでの法人送金について「最短2分で支払いを保証できる」としており[3]、着金待ちの間に資金が拘束されるコストも消えます。

滞留資金の削減効果は構造から推定できます。1〜5営業日の着金待ちが数分になることは、その期間中グループ内で使えなかった運転資金が即時に使えるようになることを意味し、時差をまたいで事業を展開する企業ほど削減幅が大きくなります(所要日数の短縮幅は公表水準、資金効率への効果は仕組みからの推定です)。

資金フロー:採用の主体は投機資金ではなく事業会社の財務部門

オンチェーン・ホールセール決済の利用拡大を主導しているのは、暗号資産の投資家ではなく事業会社の財務部門です。2026年6月時点でKinexysの円建て口座の最初の利用者となったのは、エネルギー大手JERAのトレーディング子会社で、グループ内の資金繰りと流動性管理に使われています[1]。三菱商事もグループのグローバルな資金移動に同基盤を採用する計画で、日次100億ドル(約1.6兆円)への拡大をJPモルガン側は目標に掲げています[3]

決済インフラの選好が変わる兆しは、銀行側の行動にも表れています。JPモルガンは自行のドル建て預金トークンJPM Coin(JPMD)を、コインベース傘下の公開ブロックチェーン基盤Baseでも利用可能にし、銀行の帳簿内に閉じていた決済を公開チェーン環境へ広げ始めました[6]。銀行預金という与信の質が最も高い資金が、オンチェーンの決済層に載り始めたことを意味します。

「止まらない・同時に済む・条件を書ける」が財務実務を変える

オンチェーン決済の特長と、それが生む使い方を整理します(図3)。

オンチェーン・ホールセール決済の3つの特長と主なユースケースの対応表。24時間365日の稼働・記帳と決済の同時完了・プログラマビリティが財務実務を変える
図3 オンチェーン・ホールセール決済の特長と主なユースケース

第一の特長は24時間365日の稼働です。エネルギー取引のように時差をまたいで即時の資金手当てが必要な業務では、営業時間の制約がないこと自体が運転資本の削減につながります[2]。第二は記帳と決済の同時完了で、中継銀行の手数料と照合事務、そして片方だけが先に支払って未回収となる決済リスクが構造的になくなります。第三はプログラマビリティで、「残高が一定額を超えたら本社口座へ移す」といった条件を資金そのものに設定でき、グループ資金管理(CMS)の自動化が進みます[1]

一銀行への集中と相互運用性がリスク要因

課題も明確です。第一に、運営主体への集中です。Kinexysの決済はJPモルガンという一民間銀行の帳簿と審査に依存しており、中央銀行インフラが持つ中立性はありません。利用できるのは同行の審査を経た機関に限られ、オープンなステーブルコインとは異なり誰でも参加できる仕組みではありません[2]

第二に、相互運用性です。各銀行が個別にオンチェーン基盤を構築すれば、かつてのコルレス網と同じ分断が台帳の世界で再現されかねません。JPモルガンが他行をパートナーとして誘致し始めているのは、この分断リスクへの対応でもあります[5]

第三に、規模の限界です。Kinexysの取扱高はJPモルガン全体の決済量のごく一部にとどまっており[5]、既存レールからの本格移行はこれからの段階です。

まとめ:オンチェーン・ホールセール決済は「実証」から「事業会社の日常業務」へ

オンチェーン・ホールセール決済が既存金融に迫る度合いは、規模よりも採用の質に表れています。規模では日銀ネット(日次約235兆円、2023年)[4]の約200分の1ですが、一民間銀行の基盤が日次約1.1兆円(70億米ドル、2026年6月時点)[1]を処理し、三菱商事・JERAといった日本の大手事業会社が実証ではなく日常の資金繰りに使い始めました[1][3]。銀行預金トークンが公開ブロックチェーンに載り始めたことも含め[6]、「営業時間外・国境またぎ・多通貨」という既存インフラの空白地帯で、決済の新しい層が事業インフラとして定着し始めた——これが現在地です。

よくある質問

オンチェーン・ホールセール決済とは何ですか
オンチェーン・ホールセール決済とは、銀行・機関投資家・大企業の間の大口資金移動を、ブロックチェーン上の共有台帳への記帳によって完了させる決済の仕組みです。中継銀行を経由しないため所要時間は数分で、24時間365日稼働します。
コルレス送金と何が違いますか
着金時間(コルレス送金は1〜5営業日、オンチェーン決済は数分)、稼働時間(営業時間内か24時間365日か)、帳簿の持ち方(各行が個別に持つか参加者で共有するか)の3点が異なります。共有台帳では中継のたびに発生する手数料と照合事務が仕組み上発生しません。
日銀ネットと比べて規模はどのくらいですか
日銀ネットの日次決済金額が約235兆円(2023年)であるのに対し、JPモルガンのKinexysは約1.1兆円(2026年6月時点)で、約200分の1です。ただし日銀ネットは日本の全金融機関が使う中央銀行インフラ、Kinexysは一民間銀行のサービスという前提の違いがあります。
実際に使っているのはどんな企業ですか
エネルギー大手JERAのトレーディング子会社がKinexysの円建て口座の最初の利用者となり、グループ内の資金繰りと流動性管理に使っています。三菱商事もグループのグローバルな資金移動への採用を計画しており、Payoneerやシーメンスなども利用企業に挙がっています。
ステーブルコインとは何が違いますか
オンチェーン・ホールセール決済で動くのは運営銀行の預金であり、利用できるのは同行の審査を経た機関・企業に限られます。誰でも参加できるオープンなステーブルコインとは、参加要件と運営主体の位置付けが異なります。
リスクや課題は何ですか
第一に一民間銀行の帳簿と審査に依存するため中央銀行インフラのような中立性がないこと、第二に各行が個別に基盤を作るとコルレス網と同じ分断が再現されかねないこと、第三に取扱高が銀行全体の決済量のごく一部にとどまり本格移行はこれからであることです。

用語集

ホールセール決済
金融機関・大企業の間で行われる大口の資金決済。個人向けの小口決済(リテール)と区別される。
コルレス送金
提携関係にある中継銀行が順に自行の帳簿を更新していく国際送金の方式。着金に1〜5営業日を要する。
日銀ネット
日本銀行が運営する資金・国債の決済システム。国内の銀行間資金決済の中核を担う。
預金トークン
銀行預金をブロックチェーン上で移転可能な形にしたもの。JPモルガンのJPMDなどが該当する。
プログラマビリティ
資金の移動条件をあらかじめプログラムとして設定できる性質。グループ資金管理の自動化に使われる。
決済リスク
片方が先に支払い、相手方からの受け取りが完了しないまま損失が発生するリスク。同時決済で構造的に解消される。