オンチェーン金融
ステーブルコインの月間決済額が米ACHに並んだ 送金コストは6.36%から数円へ
ステーブルコインとは、米ドルや日本円などの法定通貨に価値を連動させ、ブロックチェーン上で移転できるように設計された決済手段です。発行体が同額の準備資産を保有することで価値を裏付け、銀行口座やコルレス銀行を介さずに送金を数秒で完了させます。
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- キリフダ株式会社
この記事の要点
- 月間決済額は約1,150兆円(7.2兆米ドル、2026年2月)で、米国の主要決済網ACHの月間平均の0.93倍とほぼ同水準に達した
- 国際送金の世界平均コスト6.36%に対し、オンチェーンの送金原価は1件あたり約2円〜160円で、桁が2〜3つ違う
- 発行体の収益は準備資産の運用益であり、預貸利ざやではない。1人当たり利益はメガバンクの約200倍規模と推定される
- 日本では銀行・信託会社・資金移動業者の3ルートに発行が限定され、JPYCの流通残高は約28.1億円(2026年8月時点)にとどまる
- 不正な暗号資産取引の84%がステーブルコイン経由であり、制裁回避の主要手段になっている点が最大のリスク要因
ステーブルコインとは:法定通貨に価値を連動させ、送金を数秒で完了させる決済手段
国境をまたぐ送金に3営業日と数千円をかける——その前提が崩れ始めています。法定通貨に価値を連動させた「ステーブルコイン」の月間決済額は2026年2月に約1,150兆円(7.2兆米ドル)へ達し、米国の主要決済網である ACH(自動決済機関)とほぼ同水準になりました[2][3]。既存の銀行送金では提供できない「24時間365日・数秒・1件あたり数円」の送金が、すでに実需の規模で動いています。
ステーブルコイン(Stablecoin)とは、米ドルや日本円などの法定通貨に価値を連動させ、ブロックチェーン上で移転できるように設計された決済手段です。発行体が利用者から受け取った資金と同額の準備資産を保有することで価値を裏付けます。発行残高の大半は、現金と短期国債で裏付けられた法定通貨担保型です。
既存の国際送金との最大の違いは、資金が通る経路の数です。決済事業者Ecoの整理によると、銀行経由の国際送金は1〜4行のコルレス銀行(中継銀行)を経由し、各段で15〜25米ドル(約2,400〜4,000円)の手数料と数時間〜1営業日の遅延が積み上がります[5]。ステーブルコインの送金はブロックチェーン上の残高を書き換える1回の処理で完了し、中継する金融機関が存在しません(図1)。
ステーブルコインは銀行預金と比べて、価値の裏付け(信用創造を伴う預金→同額の準備資産)、移転経路(コルレス銀行経由→中継なし)、稼働時間(銀行営業日→24時間365日)の3点で異なります。一方で預金保険の対象ではありません。
月間決済額は米ACHの0.93倍——規模で既存決済網に並んだ
ステーブルコインの規模を、機能が最も近い既存の決済インフラと比較します(表1、表2)。比較対象は米国内の給与振込・口座振替を担う大量決済網 ACH です。
規模の面では、ステーブルコインはすでに既存の大量決済網と同じ桁に到達しています。発行残高約50兆円(3,160億米ドル、2026年6月時点)[1]は銀行預金の総額に遠く及びませんが、決済網としての流量では米ACHの月間平均の0.93倍です[2][3]。ステーブルコインはACHと比べて稼働時間(銀行営業日→24時間365日)と着金時間(同日〜数営業日→数秒)で優位にあり、規模で並んだ段階で商品性の差が意味を持ち始めています。
コスト構造:中継銀行の階層が消え、送金1件あたりの原価が数円になる
ステーブルコインのコスト構造は、既存の送金インフラと桁が異なります。世界銀行の集計では、200米ドルを送金する手数料は世界平均6.36%(2025年7〜9月期)、デジタル経由に限っても4.59%です[4]。一方ブロックチェーン上の送金原価は、米連邦準備制度の分析で1件0.01〜1.00米ドル(約2円〜160円)とされ[6]、手数料の安いチェーンでは1件0.0001米ドル程度まで下がります[6]。
コスト差の源泉は、手数料率の引き下げ努力ではなく仲介段階の消滅です。銀行経由の送金では各行が独自の台帳を持つため、入出金を照合する事務が段ごとに発生し、その費用が手数料に反映されます。ステーブルコインでは参加者全員が同じ台帳を参照するため、照合という作業自体が発生しません。
誰が発行し、誰が収益を得るか——預貸利ざやではなく準備資産の運用益
収益の源泉が銀行と根本的に異なります。銀行は預金を原資に貸出を行い、その利ざやを収益とします。ステーブルコインの発行体は集めた資金を貸し出さず、現金と短期国債で保有してその運用益を収益とします(図3)。利用者に利息は支払われないため、金利収入は発行体に帰属します。信用創造を行わないため、貸し倒れリスクも自己資本規制の対象にもなりません。
運営効率は定量で確認できます。USDTの発行体Tether(テザー)は2026年4〜6月期に約2,400億円(15億米ドル)の営業純利益を計上し、2026年6月30日時点の総資産は約29.9兆円(1,877億米ドル)、負債を約6,500億円(41億米ドル)上回る水準です[7]。従業員数は公表されておらず、決済事業者Ecoの調査では200〜300人規模とされます[8]。対照的に三菱UFJフィナンシャル・グループは2026年3月期に2兆4,273億円の連結純利益を、従業員161,576人の体制で計上しました[9]。
1人当たりの利益で比べると差は約200倍と推定されます(Tetherの四半期利益を4倍し従業員300人で割った年換算値と、三菱UFJの純利益を従業員数で割った値の対比による推定)。準備資産の運用に店舗網・審査部門・与信管理を必要としないためです。ただしこれは生産性の優劣ではなく、担う機能の違いを反映しています。銀行は与信判断と信用創造という、発行体が行っていない業務の対価を得ています。
規制順守を前面に置くUSDCの発行体Circle(サークル)は上場企業として四半期開示を行っており、2026年4〜6月期のUSDC流通残高は約11.7兆円(733億米ドル)で前年同期比19%増、同四半期のオンチェーン取引高は約2,360兆円(14.8兆米ドル)でした[8]。体制は異なりますが、収益が金利水準に連動する構造は共通で、政策金利の低下は発行体の収益を直接圧迫します。
実際に何に使われているか——送金・決済網への組み込み・企業の資金移動
利用は投機的な売買から実務的な決済へ広がっています。代表的な3つの用途を挙げます。
- 国際送金の代替:手数料6.36%(世界平均、2025年7〜9月期)[4]・着金3〜5営業日[5]の銀行送金に対し、数秒・1件数円で完了する送金手段として使われています
- 既存決済網への組み込み:Visaのステーブルコイン決済は年率換算で約1.1兆円(70億米ドル)規模に達し、前四半期比50%増、対応チェーンは9本に広がりました(2026年4月時点)[17]。同社はクロスボーダー送金の事前資金供給にもステーブルコインを使う試験を進めており、限定提供の開始時期を2026年4月としています[25]。決済事業者Stripeはステーブルコイン基盤のBridgeの買収を2025年2月に完了しました[26]
- 企業の資金移動:銀行営業時間に制約されない資金移動の手段として、事業会社の財務部門が海外拠点間の資金繰りに利用しています。銀行間の大口決済における同種の動きは別稿で扱っています
資金フローの面では、発行体が米国短期国債の主要な保有主体になった点が既存金融への影響として大きいです。発行体の米国短期国債保有額は約25兆円(1,550億米ドル、2025年10月時点)に達しました[2]。残高の増加は短期国債への需要増を、大量の償還は売却圧力を意味します。決済手段の普及が国債市場の需給に直結する構造は、銀行預金には存在しなかった経路です。
日本の制度:発行は3ルートに限定され、JPYCの流通残高は約28億円
日本では発行主体が法律で限定されています。2023年6月1日施行の改正資金決済法により、法定通貨に価値が連動するステーブルコインは「電子決済手段」と定義されました[11]。電子決済手段の発行・償還は為替取引に該当するため、発行できるのは為替取引を業として行える資金移動業者と預金取扱金融機関に限られ、これに特例として特定信託受益権(3号電子決済手段)を発行できる信託会社が加わります[18]。2025年6月6日には利用者保護とイノベーション促進を目的とする改正資金決済法が成立し[19]、同月13日に令和7年法律第66号として公布されています[20]。
日本円建ての代表例がJPYCです。JPYC株式会社は2025年8月18日に資金移動業者(関東財務局長第00099号)として登録され[12]、2025年10月27日に発行を開始しました[21]。同社の発表によると累計発行額は30億円超、口座開設数は1万9,000件です(2026年5月30日時点)[22]。キリフダが4チェーン(Ethereum・Polygon・Avalanche・Kaia)の移転記録を集計した流通残高は約28.1億円でした(2026年8月17日時点、キリフダ調べ)。
日本円建ての規模は米ドル建てとは4桁の差があり、発行残高約50兆円の市場[1]に対しJPYCは約28.1億円です。背景には円の国際決済における利用度の低さと、発行を3ルートに限る制度設計があります。日本市場で見るべきは規模よりも、制度の枠内で利用者の裾野が広がり始めた事実です。
米国では制度整備が先行しました。2025年7月18日に成立したGENIUS Act(公法119-27)は、発行体に現金または短期国債による1:1の準備資産保有と月次開示を義務付け、破綻時の保有者の法的保護を定めています[10]。2026年3月2日には通貨監督庁(OCC)が実施規則案を公表しました[14]。準備資産の裏付けと開示を法律で担保する枠組みが、機関投資家の参入条件を整えています。
不正な暗号資産取引の84%がステーブルコイン経由——制裁回避が最大のリスク要因
課題は明確です。第一に、不正利用への集中です。Chainalysisの集計では、不正な暗号資産取引量のうちステーブルコインが占める比率は2025年に84%へ達し[16]、2024年の63%[24]から上昇しました。2025年に制裁対象の主体が受領した額は約17兆円(1,040億米ドル)で前年比694%の増加、ルーブル連動型のA7A5は10カ月で約15兆円(933億米ドル)を処理し、制裁下の決済経路として機能しました[23]。
第二に、規制強化の方向です。金融行動作業部会(FATF)は各国に対し、発行体へのマネーロンダリング対策の適用と、ウォレットの凍結やスマートコントラクトの機能制限の検討を促しています[15]。発行体が特定のアドレスを凍結できる仕組みは、制裁の実効性を高める一方で検閲耐性という設計思想と相反します。
第三に、準備資産と価値維持のリスクです。準備資産の質や流動性が不十分な場合、大量の償還請求に応じられず価格が連動対象から乖離する可能性があります。預金保険の対象ではないため、破綻時の保護は各国の法制度に依存します。
第四に、コスト優位が利用者に届かない可能性です。オンチェーンの原価が1件数円でも、接点を担う事業者が独自の手数料を課せば支払う価格は既存送金と大きく変わりません[13]。仲介が排除されるかは技術ではなく競争環境に左右されます。
まとめ:ステーブルコインは決済網としての規模で既存インフラに並んだ
よくある質問
- ステーブルコインとは何ですか
- ステーブルコインとは、米ドルや日本円などの法定通貨に価値を連動させ、ブロックチェーン上で移転できるように設計された決済手段です。発行体が同額の準備資産を保有することで価値を裏付け、銀行口座やコルレス銀行を介さずに送金を数秒で完了させます。発行残高の大半は現金と短期国債で裏付けられた法定通貨担保型です。
- ステーブルコインと銀行預金はどう違いますか
- 価値の裏付け(預金は信用創造を伴う、ステーブルコインは同額の準備資産)、移転経路(預金はコルレス銀行を経由、ステーブルコインは中継なし)、稼働時間(預金は銀行営業日、ステーブルコインは24時間365日)の3点が異なります。また銀行預金と違い預金保険の対象ではなく、利用者に利息は支払われません。準備資産の運用益は発行体に帰属します。
- ステーブルコインの決済規模はどのくらいですか
- 月間決済額は約1,150兆円(7.2兆米ドル、2026年2月)で、米国の主要決済網であるACHの月間平均約1,230兆円(2025年平均)の0.93倍にあたります。発行残高は全銘柄合計で約50兆円(3,160億米ドル、2026年6月時点)で、USDTが約59%、USDCが約24%を占めます。
- ステーブルコインの送金コストはいくらですか
- ブロックチェーン上の送金原価は1件あたり約2円〜160円(0.01〜1.00米ドル)です。銀行経由の国際送金は世界平均で送金額の6.36%(2025年7〜9月期)、電信送金の固定費は1件25〜50米ドルかかります。ただしオンチェーンの原価は利用者が支払う価格とは別で、決済事業者が独自の手数料を課す場合があります。
- 日本でステーブルコインを発行できるのは誰ですか
- 2023年6月1日施行の改正資金決済法により、法定通貨に連動するステーブルコインは「電子決済手段」と定義され、発行できるのは銀行・信託会社・登録を受けた資金移動業者の3者に限られます。日本円建ての代表例がJPYCで、JPYC株式会社は2025年8月18日に資金移動業者として登録され、2025年10月に発行を開始しました。
- JPYCの発行規模はどのくらいですか
- JPYC株式会社の発表によると、累計発行額は30億円超、口座開設数は1万9,000件です(いずれも2026年5月30日時点)。キリフダがEthereum・Polygon・Avalanche・Kaiaの4チェーンの移転記録を集計した流通残高は約28.1億円でした(2026年8月17日時点)。米ドル建てステーブルコインの発行残高約50兆円とは3桁以上の差があります。
- ステーブルコインのリスクは何ですか
- 最大のリスクは不正利用への集中です。不正な暗号資産取引量のうち84%がステーブルコイン経由で、2024年の63%から上昇しました。制裁対象の主体が2025年に受領した額は約17兆円で前年比694%の増加です。ほかに準備資産の質に依存する価値維持リスク、預金保険の対象外であること、規制強化の方向性が挙げられます。
用語集
- ステーブルコイン(Stablecoin)
- 法定通貨に価値を連動させ、ブロックチェーン上で移転できるように設計された決済手段。
- 電子決済手段
- 改正資金決済法における法定通貨連動型ステーブルコインの法的区分。発行は銀行・信託会社・資金移動業者に限定される。
- 準備資産
- 発行体がステーブルコインの価値を裏付けるために保有する資産。現金と短期国債が中心。
- コルレス銀行
- 国際送金で送金銀行と受取銀行の間を中継する銀行。経由するたびに手数料と時間が加算される。
- ACH(自動決済機関)
- 米国内の給与振込・口座振替を担う大量決済網。低コストの決済インフラとして普及している。
- GENIUS Act
- 2025年7月に成立した米国のステーブルコイン法。1:1の準備資産保有と月次開示、破綻時の保有者保護を定める。