ステーキング付きETH ETFを理解するためのEthereumステーキング入門
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エグゼクティブサマリー
Ethereumのネイティブトークン「ETH」を原資産とするETFを設計する金融機関にとって、ステーキングは重要な検討事項の一つです。ETHはBTCとは異なり、保有するだけでなく、Ethereumのステーキングに利用することで追加的な収益を得られるからです。 ETFを運用する金融機関が保有するETHをステーキングすれば、Ethereumから得られるステーキング報酬をETFの収益として取り込めます。一方、ステーキングしなければ、その収益機会を得られません。 それでは、より多くの報酬を得るために、ETFが保有するETHをすべてステーキングすればよいのでしょうか。実は、話はそれほど単純ではありません。 ETHをステーキングすると、必要なときにすぐ引き出せない可能性があるほか、バリデータの運用状況によっては損失が発生する場合もあります。つまり、金融機関はステーキングによる収益だけでなく、通常のETH保有にはない制約やリスクも考慮する必要があります。 そこで本稿では、ステーキング付きETH ETFを理解する前提として、Ethereumのステーキングがどのような仕組みで報酬を生み、ステークしたETHにどのような制約やリスクが生じるのかを整理します。
Ethereumのステーキングはどのような仕組みなのか
Ethereumのステーキングは、単にETHを預けることで利息を得る仕組みではありません。ステーキングの参加者がETHを担保として預け、「バリデータ」と呼ばれるソフトウェアを稼働させてネットワークの運営に参加し、求められる役割を正しく果たすことで報酬を得る仕組みです。
バリデータはトランザクションの処理や新しいブロックの追加などに参加し、Ethereumが正しく動き続けるための役割を担います。
バリデータは何をしているのか
バリデータが担う主な役割には「ブロック提案」と「アテステーション」があります。
ブロック提案では、選ばれたバリデータが新しいブロックを作成し、Ethereumのネットワークへ提案します。一方のアテステーションでは、他のバリデータが提案されたブロックを確認し、ネットワークが正しい状態について合意するための投票を行います。

Ethereumでは、多数のバリデータがこうした役割を繰り返すことで、特定の企業や管理者に依存することなく、ネットワークの状態について分散的に合意しています。そしてバリデータは、求められる役割を正しく果たすことでETH建ての報酬を受け取ります。
なぜETHを預ける必要があるのか
それでは、なぜステーキングの参加者はバリデータを稼働させるためにETHを預ける必要があるのでしょうか。
ステーキングの参加者がバリデータを新たに稼働させて直接ステーキングに参加するには、最低32ETHが必要です。このETHは、単に報酬を得るための元本ではありません。預けたETHは、バリデータに正しく役割を果たすよう促すための経済的な担保としても機能します。
バリデータが求められる役割を果たせなければ、報酬を得られなかったり、場合によってはペナルティによってステークしたETHが減少したりします。また、二重にブロックを提案するなどの重大な違反をしたバリデータは、ステークしたETHの一部を失い、ネットワークから強制退出させられる「スラッシング(Slashing)」の対象になります。
つまりEthereumでは、バリデータが正しくネットワークの運営に参加すれば報酬を与え、役割を果たさなかった場合や不正な行動をした場合には経済的な不利益を与えることで、バリデータが正しく行動するよう促しています。
では、バリデータがこうした役割を果たすことで得られるステーキング収益は、具体的にどこから生まれるのでしょうか。
ステーキング報酬はどこから生まれるのか
ステーキングからバリデータが得る収益は、大きく「Ethereumプロトコルから得る報酬」と「ブロック提案時に得る優先手数料やMEVなどの収益」の2つに分けられます。
1つ目は、Ethereumプロトコルから支払われる報酬です。バリデータは、アテステーションやブロック提案など、Ethereumのコンセンサス形成に必要な役割を果たすことで、プロトコルが新たに発行するETHを報酬として受け取ります。この新規発行による報酬は「Consensus Issuance」と呼ばれます。Ethereumのステーキング経済を理解するために重要な概念です。
2つ目は、バリデータがブロックを提案する際に得られる収益です。これには、ユーザーが自身のトランザクションを優先的に処理してもらうために支払う「優先手数料(Priority Fee)」や、「MEV(Maximal Extractable Value:最大抽出可能価値)」などがあります。優先手数料は、そのトランザクションを含むブロックを提案したバリデータが受け取ります。また、ブロックに含まれるトランザクションの選択や順序などから生じるMEVも、ブロック提案時に得られる収益の一つです。なお、MEVは文脈によって指す範囲が異なり、優先手数料とMEV由来の収益を完全に切り分けられない場合もあります。本稿ではこの違いの詳細には踏み込まず、バリデータはプロトコルから支払われる報酬に加えて、ブロックを提案する際にも収益を得る場合があると理解しておけば十分です。

つまり、バリデータが得る収益は、Ethereumプロトコルが新たに発行するETHだけで構成されているわけではありません。Ethereumの利用者が支払う優先手数料や、ブロック提案時に得られるMEVなども収益に加わります。
そのため、ステーキング利回りは銀行預金のように、あらかじめ一定の金利が決められているわけではありません。Ethereum全体でステークされているETHの量や、プロトコルによる報酬設計、ネットワークの利用状況など、さまざまな要因によって実際の利回りは変動します。
では、Ethereum全体のステーク量や報酬設計は、ステーキング利回りをどのように変化させるのでしょうか。この点については、本シリーズの第2回で詳しく整理します。
ETHをステークしてから引き出すまで何が起こるのか
ETHのステーキングでは、ETHを預ければすぐに運用が始まり、必要になればいつでも引き出せるわけではありません。ステーキングの参加者がETHを預けてから再び利用できるようになるまでには、「預ける → 待つ → 運用して報酬を得る → 退出する → 待つ → ETHが戻る」という一連の流れがあります。このライフサイクルを詳しく説明します。

ETHを預けてもすぐには運用が始まらない
ステーキングの参加者がバリデータを稼働させるには、まずEthereumのデポジットコントラクトへETHを預けます。しかし、ETHを預けた時点ですぐにバリデータとしての運用が始まるわけではありません。

ETHの預け入れが完了したバリデータは、稼働を開始するまで「稼働開始待ち(Activation Queue)」の状態に入ります。Ethereumでは、一度に稼働を開始できるステーク量が制限されているため、新たにステーキングを始めようとする参加者が多ければ、稼働開始までの待ち時間が長くなる場合があります。
稼働開始待ちを終えると、バリデータは「稼働中(Active Validator)」となり、アテステーションやブロック提案などを行って報酬を得られるようになります。
つまり、ステーキングではETHを預けた直後から報酬を得られるとは限らず、運用を始める段階でも待ち時間が発生する可能性があります。
バリデータとして稼働して報酬を得る
稼働を開始したバリデータは、Ethereumから求められる役割を果たすことでETH建ての報酬を受け取ります。この報酬をどのように運用できるのかについては、2025年5月に実施された「Pectra」アップグレードで重要な変更が加えられました。
従来型のバリデータでは、報酬計算などに使われる「有効残高」の上限が32ETHでした。そのため、バリデータの残高が報酬によって32ETHを超えても、その超過分は報酬計算には使われません。一定の条件を満たすと、Ethereumが32ETHを超えた部分をあらかじめ指定されたアドレスへ自動的に引き出します。
Pectraでは、EIP-7251によって「複利型バリデータ(Compounding Validator)」が導入されました。複利型バリデータでは、ステーキングを開始するために必要な最低有効残高は32ETHのままですが、最大有効残高は2,048ETHに引き上げられました。これにより、複利型バリデータは獲得したETH建ての報酬を自身の有効残高へ加え、その報酬分も新たな報酬を得るための元本として利用できるようになりました。
ステーキングを終了してもすぐにETHが戻るとは限らない
そして、ステーキングを終了するときに重要なのが、バリデータの「退出」とETHの「引き出し」は別の処理だという点です。
ステーキングの参加者がバリデータの運用を終了する場合、まずEthereumに対してバリデータの退出を要求します。Ethereumでは一度に退出できるステーク量が制限されているため、退出を希望するバリデータが多ければ「退出待ち(Exit Queue)」が発生します。

退出処理が完了した後も、ステークしていたETHがすぐに戻るわけではありません。退出したバリデータは、ステークしていたETHを引き出せる「引き出し可能(Withdrawable)」な状態になるまで待機します。その後、Ethereumが引き出し処理を行い、ステークしていたETHをあらかじめ指定されたEthereumアドレスへ送ります。
この引き出しを可能にしたのが、2023年の「Shapella」アップグレードで実装されたEIP-4895です。それ以前はステークしたETHを引き出せませんでしたが、EIP-4895の実装によって、ステークしたETHを指定したEthereumアドレスへ戻せるようになりました。
ただし、引き出しが可能になったからといって、ステークしたETHをいつでも自由に動かせるわけではありません。ここまで説明したように、バリデータの退出には複数の処理が必要であり、退出を希望するバリデータが多ければ待ち時間も発生します。
この違いは、ETFを運用する金融機関にとって重要です。ステーキングしていないETHであれば、金融機関は必要に応じて売却や移転ができます。一方、ステーキングしているETHは、まずバリデータを退出させ、ETHが引き出せる状態になるまで待たなければならない場合があります。
例えば、ETFを運用する金融機関が投資家からの償還に対応するためにETHを必要としても、ステーキングしているETHをその場ですべて利用できるとは限りません。そのため、金融機関がETFへステーキングを組み込む場合には、保有するETHのうちどれだけをステーキングし、どれだけをすぐに利用できる状態で残しておくのかを考える必要があります。
このように、Ethereumのステーキングでは、運用を始める「入口」だけでなく、ETHを取り戻す「出口」にも待ち時間が発生する可能性があります。この点が、ステーキング付きETH ETFを設計するうえで重要な制約の一つになります。
ステーキングにはどんなリスクがあるのか
ステーキングでは、バリデータが求められる役割を果たすことで報酬を得られる一方、ETHを通常保有する場合にはないリスクも生じます。金融機関がステーキングをETFへ組み込む場合には、どのような状況で報酬やステークしたETHを失う可能性があるのかを理解する必要があります。
バリデータが正常に稼働できないリスク
バリデータは、稼働中にアテステーションなどの役割を継続して果たす必要があります。例えば、バリデータを稼働させるサーバーやインターネット接続に障害が発生すると、バリデータが一時的にオフラインになり、必要な役割を果たせない場合があります。
この場合、バリデータは本来得られるはずだった報酬を得られなかったり、ペナルティによってステークしているETHが減少したりする可能性があります。ただし、一時的なオフラインだけで「スラッシング」の対象になるわけではありません。通常のペナルティが役割を果たせなかった場合に生じる経済的な不利益であるのに対し、スラッシングは特定の重大な違反に対する、より重い処分です。
スラッシングによってETHを失うリスク
バリデータが二重にブロックを提案したり、矛盾するアテステーションを行ったりするなど、Ethereumが定める特定の重大な違反をするとスラッシングの対象になります。
スラッシングされたバリデータは、ステークされているETHの一部を失い、Ethereumのネットワークから強制的に退出させられます。また、多数のバリデータが同じ時期にスラッシングされた場合には、それぞれの損失が大きくなる仕組みもあります。
そのため、金融機関が多数のバリデータを同じステーキング事業者へ委託する場合には注意が必要です。事業者の設定ミスなどが複数のバリデータへ同時に影響すれば、金融機関がステークしているETHの損失も大きくなる可能性があります。
必要なときにETHを利用できないリスク
前節で説明したように、ステーキングを終了しても、ステークしたETHをすぐに利用できるとは限りません。
そのため、ETFを運用する金融機関が投資家からの償還などに対応するためにETHを必要としても、ステークしているETHをその場ですべて利用できない可能性があります。金融機関は、ETFが保有するETHのうちどの程度をステーキングし、どの程度をすぐに利用できる状態で残すのかを検討する必要があります。
外部事業者へバリデータ運用を委託するリスク
金融機関は、自らバリデータを運用する代わりに、外部のステーキング事業者へ運用を委託することもできます。しかし、外部事業者へ運用を委託すれば、その事業者のシステム障害や設定ミスなどによって、バリデータが正常に稼働できなくなったり、スラッシングの対象になったりするリスクが生じます。
では、バリデータの運用を外部事業者へ委託する場合、金融機関はステークしたETHを管理する権限まで事業者へ渡す必要があるのでしょうか。
Ethereumでは、バリデータを運用するための権限と、ステークしたETHを管理するための権限を分けることができます。
バリデータがブロック提案やアテステーションを行う際には「署名鍵(Signing Key)」を使用します。一方、「引き出し認証情報(Withdrawal Credential)」は、ステークしたETHの引き出し先などに関わる情報です。そのため、ステーキング事業者へバリデータの運用を任せることが、ステークしたETHを引き出すための権限まで事業者へ渡すことを意味するわけではありません。
さらに2025年のPectraアップグレードでは、EIP-7002によって、引き出し認証情報に紐づく権限を持つ側からもバリデータの退出を要求できるようになりました。これにより、金融機関やカストディアンなどの資産を管理する側は、バリデータを運用する事業者に依存せずに退出を開始できます。
つまり、金融機関は外部事業者へバリデータ運用を委託しながら、ステークしたETHに関する権限を資産管理側に残すような役割分担が可能です。一方で、バリデータの運用品質そのものは委託先に左右されるため、誰に運用を委託するのかは、ステーキング付きETH ETFを設計するうえで重要な論点になります。
まとめ
ここまで見てきたように、Ethereumのステーキングでは、ETHをネットワークの運営に利用することで報酬を得られる一方、そのETHには通常保有とは異なる制約やリスクが生じます。つまり、ステーキングによる「収益」と、その収益を得るために必要な「運用」は切り離して考えることができません。
この点は、ステーキングをETH ETFへ組み込む意味を考えるうえで重要です。金融機関がステーキング報酬をETFが保有するETHから得られる追加的な収益として取り込もうとすれば、バリデータを運用するとともに、ステークしたETHをすぐに利用できない可能性や、ペナルティ、スラッシング、外部事業者への委託に伴うリスクも引き受けることになります。
したがって、ステーキング付きETH ETFの商品設計では、単に「どれだけの利回りを得られるか」だけを見ることはできません。どの程度のETHをステーキングし、その対価としてどの程度の追加的な収益を得ながら、必要な流動性と安全性をどのように確保するのかというバランスが重要になります。
では、ETFがステーキングから得る追加的な収益の前提となるステーキング利回りは、そもそも何によって決まるのでしょうか。次回は「Ethereumはステーカーにいくら支払うべきなのか」という問いを起点に、Consensus IssuanceやReward Curve、ステーク量と安全性の関係など、Ethereumのステーキング経済を巡る議論を整理します。
参考資料
- Proof of Stake:https://ethereum.org/developers/docs/consensus-mechanisms/pos/
- Rewards and Penalties:https://ethereum.org/developers/docs/consensus-mechanisms/pos/rewards-and-penalties/
- Staking:https://ethereum.org/staking/
- Staking Withdrawals:https://ethereum.org/staking/withdrawals/
- Staking as a Service:https://ethereum.org/staking/saas/
- Withdrawal Credentials:https://ethereum.org/developers/docs/consensus-mechanisms/pos/withdrawal-credentials/
- EIP-4895:https://eips.ethereum.org/EIPS/eip-4895
- EIP-7002:https://eips.ethereum.org/EIPS/eip-7002
- EIP-7251:https://eips.ethereum.org/EIPS/eip-7251
